必死剣 鳥刺し

藤沢周平の海坂藩を舞台にした小説で「隠し剣」シリーズの一編を原作に、豊川悦司主演で映画化された。藤沢周平原作の映画化は何作もされているけど、これもまれにみる秀作になっている。海坂藩というのは庄内藩のことだけど、貧しい財政が変わらないのはどこかの国と同じだ。藩主の側室の横暴を食い止めようと能観覧の公の場で、側室を刺し殺した藩士がいがいな運命をたどる。本来なら即刻切腹となるのに、閉門させられて再び役職に復帰する。剣の達人であったために、藩の権力闘争に巻き込まれてしまう。全体的には静かな物語なのに、最後の殺陣シーンが主人公の怒りの象徴になっている。

映画冒頭から緊張感があって、能「殺生石」が演じられている。「殺生石」という物語は、美女に化けた鬼が帝に近づいて国を滅ぼすものだ。能が終わって藩主・右京太夫(村上淳)が立ち去り、そのあとを側室の連子(関めぐみ)が歩いていく。兼見三左ヱ門(豊川悦司)はすっと連子様に近づいて、「ご免」と声を掛けると心臓を突いて殺害する。現場は大騒ぎになるが、兼見は妻女もなかったので閉門だけの寛大な処置で許される。その寛大な処置には、中老の津田民部(岸部一徳)が尽力した。

妻睦江(戸田菜穂)を病気でなくした兼見には、妻の姪である理尾(池脇千鶴)しか身内がいない。石高を半分にされて、閉門となった兼見の屋敷の門は材木で開けられない。そして、兼見は物置のような小屋で一年を過ごす。閉門が解かれてから兼見は、二年間誰にも会わず静かな生活を送る。その後、何を間違えられたのか兼見は藩主の秘書の役目となる近習頭取に抜擢される。中老の津田は兼見が天心独名流の剣豪であることを知っていて、藩主の警護のために引き立てたのだと説明する。

睦江が元気な頃、外に出るシーンがある。子供たちが竹の先に鳥もちをつけて捕まえようとするがうまくできない。兼見が子供たちに代わって、静かに構えると一撃で捕獲に成功する。その鳥を捕まえる仕草から兼見が相当の剣の使い手であるとわかるが、「鳥刺し」という技ではない。「鳥刺し」という技は兼見一人で生み出した技で、それを使う者は「半ば死んでいる」と言われている。

側室である連子の言いなりになる藩主が、情けないほどの体たらくぶりを見せている。藩の穀倉地帯の農民たちにそれまでの倍の年貢を取られることになると、とても生活ができない。一揆を企てたとして連子は打ち首してしまえと進言して、それが実行される。そんな藩主・右京太夫に反感を持っていたのが、別家の帯屋隼人正(吉川晃司)だった。

津田民部の権力に対する執念は、剣の修行に勤めて実直が取り得の兼見には予想できる範囲を超えている。財政立て直しに熱心だった勘定方の役人を簡単に切腹される藩主が、どういうわけで側室を刺した侍を生かしておくのか。さらには、数年後には自分の近くに仕える近習頭にするのか、謎である。すべての謎はラストシーンで明かされるけど、「鳥刺し」という技の執念は津田の権力欲を上回っている。

この映画で心温まるのは、姪の里尾(池脇千鶴)が閉門していた兼見の背中を風呂で流すシーンだ。里尾が密かに抱いていた熱情を明かして、それに兼見が応じる。不義だと非難されないように、里尾を遠方の農家に預ける。赤ん坊を産んだ里尾がいつまでも兼見三左ヱ門を待っている風景が、心にしみる。ゆったりと流れる庄内地方でロケをされた江戸時代の時間の流れに、感慨深いものがあった。



同じカテゴリー(2010年映画)の記事
最後の忠臣蔵
最後の忠臣蔵(2010-12-30 00:10)

バーレスク
バーレスク(2010-12-20 22:25)

ノルウェイの森
ノルウェイの森(2010-12-13 22:06)

上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。

写真一覧をみる

削除
必死剣 鳥刺し
    コメント(0)