イチロー 最後の戦い 引退したあともトレーニングしているよ
ポルシェに乗って帰ってくる。
ワンコが待っていた。
レーザービーム。エリア51。華やかな活躍の影に孤独がある。
最後の戦いに望む半年を取材した。
3月25日、映画かと思いました。どうしてあんなことをしてくれたのかと思う。
イチローの自宅には特殊なトレーニングマシンが居間にある。チームには帯同するが、試合に出場できない。
日本には戻る場所はない。もし神戸に戻るなら。日本でプレーする可能性があるなら、神戸しかない。気持ちがないわけではない。
マリナーズではないと言われたら、もうそこで終わりですよ。実は今すごく元気なんですよ。人を驚かせたいのです。
一弓は17歳になった。人間でいうと90歳になる。連続200本安打に挑戦していた。NYに移ってもいっしょにいた。
毎日一生懸命生きているわけですよ。僕たちの1日とはわけが違う。懸命に生きるしかないでしょ。
メジャー最高齢のイチローが去年10月に神戸に帰国した。オリックスの本拠地があった神戸に自主トレを始める。
川崎宗則が姿を現した。
1塁まで4秒は切れる。3.8秒は出る。守りもまだ一流を保っている。
打撃ホームの改造をしている。打球は次々とスタンドに入る。すごいパワーだな。
フリーバッティングは200球以上やった。
エドガー・マルチネスに聞いた。重心を下げている。重心を下げるのは体重を球にかけようとしているのではないか。
イチローの自らを鍛錬する姿は驚異的だよ。
チームを日本一に導いた。
2001年メジャーに渡る。フォームを大きく変えた。毎年タイトルを獲得していく。相手のピッチャーの決め球を打つ。
マリアノ・リベラ選手との対戦。リベラの決め球をホームランする。ヤンキーズの選手たちは驚いた。さよなら逆転ホームランで打ちのめされた。
言えることは最終的な形がない。本当はしたくないけど、変わっていくしかない。遠回りかもしれないけど、それもある。遠回りが近道だと言える。
37歳のいちローは不振になる。2012年シアトルに別れを告げた。シアトルを離れてニューヨークに向かう。
苦難に満ちたものだった。レギュラーは約束されていない。腰を痛めたり、ラインナップに自分の名前がない。首を切るのは簡単ですから。
ニチベイ4000本。メジャー3000本安打を達成した。
野球選手としての死が確実に近づいている。それをどれだけ先に伸ばせるか。笑ってそれを迎えたいな。
笑って死にたいという。
12月20日。野球経験がまったくない素人が練習を手伝っている。10年以上前から関係が続いている。オリックス時代から付き合っている。
前向きな人は誰でも参加できる。後ろ向きな人はありがたくない。
近寄りがたい存在であった。仲間とのつながりを大切にしようとしている。ヤンキーズに移籍した頃から出てきた。
ものすごく孤独なんですよ。
21才のときは一人でもできると思っていた。今は一人では無理だ。人に迷惑はかけますよ。
僕ができることでお返しをしたい。
練習場には高校生がやってきた。智辯高校の応援団がやってきた。お願いだから、風邪だけ惹かないようにね。
ユニホームを着たイチローが現れた。一人ひとりと握手した。
2月アリゾナにやってきた。ここで結果が出なければ、引退する。296日ぶりの実戦でライト前のヒット。順調なスタートに見えたけど、三振が目立ちだす。試合後室内練習場でバットを振り続ける。鬼のような練習ですよ。
3月8日、10日、結果が出ない。
オープン戦最終盤に家族に引退の意志を伝えた。実際に球場に行っていないのに、戦っているのが弓子だった。
自分の技術を諦められない。引退を決断しても最後まで諦めない。
東京ドームでの最後の打席。ショートゴロに終わる。
夜11時を過ぎて、観客が待っていた。そして、登場する。笑顔で去っていく。
イチローの自宅に行くと、まだトレーニングをしていた。
どっかに気持ちが行きながら体を動かしている。
「笑って死にたい」というのが理想だったけど、現実はなかなかそうはいかない。
日本のファンの人たちがその状態を作ってくれた。実際に笑って死ねた。これを人は見てくれたのだな。
懸命に生きられるなにかと見つけて、また新たに見つける。そのための一歩を踏み出す。
自宅から出ると、ランニングと始めた。なんというストイックな人だろうね。
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