オリバー・ツイスト(2006)

イギリスの19世紀の文豪チャールズ・ディケンズの「オリバー・ツイスト」を、「戦場のピアニスト」のロマン・ポランスキー監督が莫大な費用をかけて映画化した作品だ。特殊効果を使わないで、全部を80億円のオープンセットで作り衣装にも細部にこだわった忠実に再現した。当時の風習や社会制度なども原作に忠実であり、歴史的考証も相当練られている。舞台は産業革命で貧富の差が大きくなっているイギリスではあるが、普遍的題材であるので現代の世界でも同じような出来事はどこにでも存在するだろう。決して19世紀の昔の話でなく、今の世界にも同じ境遇の子供がいると考えると色々な解釈ができる。

イギリスの産業革命は、1760年くらいから始まり1830年代までで一つの山を形成した。もちろん、大英帝国が海外に覇権を伸ばしていたし、一番の繁栄を謳歌していた。お金持ちになる人はどんどん儲けていくが、搾取される人間は多く貧富の差が拡大した。そのために、救貧法という貧しい人を救う法律があった。つまり、事業を起こしているお金持ちから救貧税を徴収して、収入のない人々を食べさせたのだ。ところが、その救貧法が1834年に改正されて救貧税の上昇を停止する措置が取られる。つまり、必要以上の援助をしないで、金持ちを優遇するのだ。そこで、9歳になったオリバー・ツイスト(バーニー・クラーク)は、救貧院でくじ引きで負けて「おかわり」を言わせられる。

救貧税の上限が設けられていたので、「おかわり」を言うことは禁句だった。もちろん、そんな不心得者は追い出されてしまう。葬儀屋の主人に引き取られるが、オリバーは棺おけが置かれている部屋で寝かされていじめにも会う。とてもそんなところでは生活できないので、オリバーは逃げ出して首都ロンドンまで70マイル(100キロ)の道のりを歩いていく。道中で一晩親切なおばさんが食事と寝場所を提供してくれたが、ロンドンにたどり着くと靴はボロボロになり、足は血だらけで腹が空いて動けなくなっていた。

そのオリバーに声を掛けてくれたのが、アートフル(早業の)・ドジャー(ハリー・イーデン)というスリの少年だった。ドジャーが連れて行ってくれたのが、フェイギン(ベン・キングスレー)が面倒を見ている少年スリ団だった。フェイギンは背中の曲がった老人でスリの上前をはねていたが、孤児たちを食べさせて面倒見がよかった。オリバーは言葉遣いが丁寧で、亡くなってしまった両親の躾けがよかったのか、元々素直な性格だったのだろう。その辺の詳しい説明は、映画ではよくわからない。でも、その純真無垢な心が自分の身を救うことになる。

フェイギンたちに親切にされ、命を永らえることになったオリバーは、さっそく先輩たちと町へ出る。そして、ドジャーと相方がスリをした時本屋の店主にばれてしまい、オリバーだけが捕まってしまう。でも、裁判にかけられた時、本屋の店主が証言してくれ無実が証明されて、スリの被害者だったブラウンロー(エドワード・ハードウィック)という紳士に引き取られる。ブラウンロー氏の邸宅に連れて行かれたオリバーは、仕立ての良い服を着せてもらい食事をたっぷり食べさせてもらう。でも、フェイギンやその仲間のビル・サイクス(ジェイミー・フォアマン)らは、自分たちのことがオリバーの口から警察に漏れたりするのを心配していた。

ブラウンロー氏に信用されたオリバーは、町に用事を頼まれて本屋へ向かう。でも、オリバーはフェイギンとビル・サイクスに捕まり、着ていた洋服を剥ぎ取られてしまう。そして、サイクスはオリバーを引き取ったブラウンロー氏の邸宅に泥棒に入ろうとする。オリバーは無理やり泥棒の手引きをさせられることになる。その後の展開は、ほんとうに悲しい物語だ。

大人は恵まれない子供をなくそうと、よくお体裁を言う。でも、社会の仕組みでどうしても救われない人々がどこかにいる。世界のどこかで、今も食べることができずに死んでいく子供がいる。この古典文学を映画化した理由は、時代が変わっても世の中の不条理で救われない人々に目を向けようということだろう。この映画を見たら、その普遍性を是非感じて欲しい。なお、本作ではオリバーの身元は明らかではないが、原作では母親の形見のブローチを持っていて、ブラウンロー氏は祖父だ。


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