桜田門外ノ変

茨城県の地域振興のために市民が立ち上がって、吉村昭原作の同名小説を映画化した本格的時代劇だ。市民中心とは言うものの、映画化支援の会にはそうそうたる顔ぶれが名前を連ねている。茨城県知事や水戸市長や茨城県内の自治体の長が勢ぞろいだ。製作費は前売り券とロケセットの入場料を合わせた協力券という形で、相当数を販売したのだと思う。脚本も監督の佐藤純彌も、出演俳優たちも地方主導の映画のレベルを超えている。

映画の冒頭は、江戸城桜田門の現在の映像から始まる。国会議事堂が映されるのは、その方向に大老の井伊直弼の屋敷があったからだ。2億5千万の費用を掛けて作ったセットは、そのまま江戸時代にタイムスリップしてくれる。屋敷の門から江戸城に入るまでの600mを忠実に再現して、リアルな襲撃事件を再現している。脚本が巧みなので、その場にいるような臨場感がある。関鉄之介(大沢たかお)やただ一人の薩摩藩士有村次左衛門(坂東巳之助)たち18名が、井伊直弼(伊武雅刀)一行に切りかかる。

一人が行列の先頭に直訴状を持って近寄り、切りかかる。そして、ピストルを持ったものが井伊直弼の乗る籠に向けて発砲する。それを合図に、見物人を装っていた脱藩水戸藩士が刀を抜く。行列の護衛は大雪のために刀を鞘袋に入れていたので、刀を抜くのに時間が掛かる。不意をつかれた彦根藩の一行の中には、逃げ出すものや鞘袋のまま戦うものもいた。最初のピストルで腹部に傷を負った井伊直弼は、籠から出ることもできずに殺害されてしまう。

白い雪の上に広がる赤い血しぶきは、恐ろしいほどの鮮やかさをしている。わずか数分でことを成し遂げた実行犯は、すぐにその場を立ち去る。井伊の屋敷からは、彦根藩士が出てきて怪我人や死体を引きずって片付ける。原作が史実を詳細に調べているので、迫力が違う。フィクションではないくらいの、現実性がある。映画は、それから実行犯たちの逃亡の様子や1853年のペリーの黒船来航からの出来事を丁寧に描いている。

大河ドラマ「篤姫」や「龍馬伝」などでお馴染みの幕末の史実ではあるが、桜田門外の変はいがいに知らないことが多かった。南紀派と一橋派の争いは知っていたが、日米通商条約が朝廷の許可を得ないで調印されていたとは知らなかった。長らく鎖国を続けてきた日本が、清国のような目にあわないことが最も重大なことなのは誰しも異存がない。でも、その手法をめぐって開国派と尊皇攘夷派の争いが激化する。

この事件の関係者は、あまり歴史の表舞台で語られることが少ない。同じ脱藩浪人でも、土佐・長州・薩摩の出身者は表舞台で活躍した。この事件の水戸藩士たちは非常に地味な存在だが、同じように日本の行く末を案じて命を落としていった。1860年の事件のあとには、倒幕の戦いが繰り広げられた。我々は、彼らの犠牲の上で現在の日本が成り立っているのを忘れてはいけない。

オーバーな演出がないぶん、見るものの心に響く。是非多くの日本人に見て欲しい作品だ。自信を持ってお勧めする。



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