ラスト・ソルジャー

紀元前227年というと、秦の始皇帝の暗殺未遂事件があった年だ。チェン・カイコー監督の「始皇帝暗殺」というコン・リー主演の映画でその時代背景がよくわかる。始皇帝となる政はもう秦の王になっていて、ちょうど勢力を広げている時代だ。そんな戦国時代の中国を舞台に、敵味方同士だった一人の将軍と一人の老兵の奇妙な旅が描かれている。

国土は荒れ果てて、小国が入り乱れて戦いを繰り返している。兵士は集団で行動している最中は威張り散らすことができるが、単独での行動になると無力な存在だ。秩序もないもない状況下で生き抜くために、二人は協力するようになる。でも、老兵が故郷にたどり着いた先には過酷な運命が待っていた。これぞ、中国民族の生き様といえる。ジャッキー・チェンの傑作になるだろう。

ジャッキー・チェンが20年間暖めてきた企画だそうで、原案・製作総指揮・武術指導・主演と大活躍だ。秦はこの映画の最後に登場する。紀元前227年、大国・衛(えい)が梁(りょう)に攻め込む。なぜか待ち伏せに会った衛の軍隊は実力を発揮できずに負け、両軍とも全滅してしまう。死人しかいないと思われた中で、梁の老兵(ジャッキー・チェン)が起き上がる。彼は矢が刺さった振りをして、戦いが終わるまでじっとしていた。周りを見渡すと、衛の旗の下に生きている人物がいる。それは、敵国衛の将軍(ワン・リーホン)だった。

将軍は足に怪我をしており、死んだ振りをしていた老兵に敵わない。老兵は敵の将軍を捕虜にしたと喜んで、自分の国に連れて帰り褒美をもらうことにする。将軍は高価な持ち物でゆさぶりをかけるが、老兵の気持ちに変化はない。老兵は将軍を縛り、馬車に乗せて故郷に向かう。ところが、農民や騎馬民族の襲撃にあったり、衛の内紛から暗殺部隊にも追われることになる。暗殺部隊を指揮しているのは、将軍の弟(ユ・スンジュン)だった。

衛も梁も、戦国時代には実在しない架空の国だ。しかし、父である国王を殺して兄弟が権力の座をめぐって争う例は、中国の歴史に実在する。農民が殺されたり、敵国の兵士を捕虜にして全員殺してしまうこともあった。女性歌手(リン・ポン)が、老兵と将軍を眠り薬で騙して馬を奪うシーンがある。それも、たぶん実際にあったのだと思う。

もはやそういう混乱の時代に生き抜くには、将軍とか自分の国とかいうことにこだわっていては無理だろう。老兵と将軍とその弟や、騎馬民族たちが繰り広げる奪い合いをユーモラスに描いているのは、意図的な演出だと思う。悲惨な争いを喜劇的に描くことで、この映画は娯楽作品になっている。水墨画に登場するようなロケーションもすばらしい効果を生んでいる。

船で老兵と将軍が梁の国を目指すシーンが、秀逸だ。戦国の世の中に出会わなければ、いい友達になっていた。将軍に船を渡すシーンで、十年間は攻めてくるなと言い別れる。それは、十年を過ぎればどうなるかわからないという裏返しでもある。老兵が最後まで持っていた持ち物は、平和な菜の花畑に立てたかったものだ。現実はそうならないのが、歴史の真実だろうか。ジャッキー・チェンの魂のこもった傑作と言えるだろう。



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