利休にたずねよ

山本兼一原作の同名小説を、田中光敏監督が市川海老蔵を主演にして映画化された。茶道三家や樂家の全面協力で、美術品のような映画が誕生した。まさかとは思ったけど、作中で使われている茶器は実際に利休が使った名器だ。ロケ地も京都の古刹で行われた。物語も海老蔵の演技も完璧だ。これぞ日本映画の傑作なのだ。「万代屋黒」「赤樂茶碗」「井戸茶碗」「熊川茶碗」などを映像として見られるのは幸運な体験だ。

天正19年(1591)2月28日、千利休(市川海老蔵)の屋敷を3千の兵が取り囲み豊臣秀吉の命令で切腹させられる。妻の宗恩(中谷美紀)は夫と同じ白装束で見守っている。20年前、織田信長(伊勢谷友介)に認められて茶の世界を引っ張る立場になる。信長の前に出たときに、お盆に水を張り月を反射させるという思いもしない演出をしてみせた。他の茶人がいわれのある名椀を持参したのに比べて、それまでの常識を打ち破るものだった。革命児信長に気に入られるのは当然の結果だった。

本能寺で信長が亡くなると、今度は勝家を早く討ち取りたい秀吉(大森南朋)にゆっくりとことをすすめる助言をする。すぐに秀吉のお気に入りになり、侘びさびのお茶の道を進んでいく。秀吉が落ち込んだときには、梅干とヒエ粥でもてなして元気づける。大阪城に黄金の茶室を作り、秀吉が御門をもてなす手伝いも行った。諸大名たちはこぞって利休の弟子になり、その精神的支柱としての地位を確固たるものにしていく。侍が命をかけて戦に臨むのなら、お客をもてなすお茶の亭主は命をかけて最大限のサービスを提供する。

天下統一という新しい時代の訪れで、武士たちは下克上のなんでもありの世界から脱却する必要があった。僧兵を持つ寺は武士と対立する存在であり、精神的支柱にはなりえない。やすらぎを得る方法として、利休の提案した侘びさびの世界はまさに時代の要請に合致していた。元は瓦を作っていた樂家長次郎(柄本明)に竈や黒樂茶碗を作らせる。刀を挿したままでは入れないにじり口を作り、戦いの世界から解放する。そのようにして美を追求した利休の作法は、北野大茶会で大衆の目に明かされる。

あまりにも人々を魅了したために、天下人の秀吉は嫉妬する。かつて信長の草履持ちだっただけの彼がそこまでになったのは、利休の支えがあったのに利休以上の存在感は自分にない。ということになれば、小田原の北条攻めで目に入った利休の弟子山上宗二に難癖をつけて首をはねてしまう。また、大徳寺の山門にすえられた利休像にも怒りを覚える。朝鮮出兵に反対していると聞けば、それにも難癖をつけてくる。朝鮮も自分の配下にしようとする秀吉の考えは、自分で自分の首を締めることになるのがわからない。

高麗からさらわれてきた女性(クララ)が食べ物を食べないと言うので、必死に食事を作った若き日の利休は若き日の秀吉の鏡みたいな存在だ。このエピソードは朝鮮出兵にかけているのかもしれない。武野紹(市川團十郎)というお茶の師匠は利休の先生であるが、秀吉にとっては信長のような存在だ。利休が高麗の女性から受け継いだ香爐は、茶道の魂ともいえる存在だと思う。その魂まで差し出せと言われたのだから、死を選ぶのは当然の結末と思える。最後の流れ出た赤い血も美として演出した田中光敏監督には脱帽だ。

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