紙の月

紙の月の紙幣:わかば銀行券


角田光代原作の同名小説を、「桐島、部活やめるってよ」の吉岡大八監督、宮沢りえ主演で映画化した銀行の横領事件を題材にした作品だ。宮沢りえ演じるパートの渉外係の銀行員は自分に無関心な夫がいるけど、どこにでもいる女性だ。ちょっとした心の隙間と誘惑に揺れただけで、若い男と逢瀬を重ねるようになる。その快楽を続けたいという動機から、どんどんエスカレートする派手な生活。破綻するのはわかっていてもやめられない苦悩を丁寧に描いていた。逃げる主人公を思わず応援したくなる魔力をこの映画は持っている。

庶民のお金は銀行預金として集められて、企業などに融資されて産業振興に役立てられる。また銀行は国債を購入したりして運用する。銀行にお金を預けるのは信頼しきっている。さてこの映画に出てくる銀行の顧客は渉外の銀行員を信じきっている。数百万の現金を自宅に届けてもらったり、自宅から渉外の銀行員に渡す。窓口まで出向くことがほとんどなく、社会とも接点が銀行員だけという人物もいる。紙幣はただの紙ではあるけど、法律によって価値があるとされている。一旦銀行に入ってしまえば、社会に出たお金なのだ。

ということは、税務署が集めたお金も銀行に入っているお金も区別ができない。帳簿上ではしっかりと区別できるけど、世間のお金という大きな流れの川は絶対に止まることがない。特に梅澤梨花(宮沢りえ)はカードを持って現金を使わない。現金で支払いをしているうちは後戻りできた。でも、それが実態を伴わないカード決済になったら実感がなくなってしまう。現金で取引しないのは、現代では当たり前になってきた。銀行振込に引き落としというシステムはお金を使っている感覚を鈍らせるものだと思う。


梅澤梨花が最初に勧誘した平林孝三(石橋蓮司)には、「国債の利息を半年ごとに受け取る楽しみがあります」というセリフで定期預金獲得に成功する。それは、まさしくお金を銀行に預けたことを実感できる具体的方法だろう。同僚の相川恵子(大島優子)は、次長の井上(近藤芳正)と不倫しており二人で帳簿をごまかしている。隅より子(小林聡美)だけは生真面目に銀行業務をこなしている。梨花が平林の孫の光太(池松壮亮)と懇ろになると、二人の会話はだんだん現実から離れていく。

一人暮らしの女性は半分ボケているのに、お金のやりとりをやめない。裕福な夫婦は新車が出るたびにBMWを買い替えて、スイッチの操作を覚えるのが大変だというのが悩みだ。こんなに現実感のないお金のやりとりをしているお客がいれば、梨花のような銀行員がカモにできるのだろう。高校生のときに途上国の援助に夢中になりすぎて、父の財布から5万円を抜き取った。それは寄付を続ける熱意が同級生になくなったからだった。この行為が横領の引き金になったとは考えにくい。では何が引き金になったのか、それは少し贅沢したいという誰でも思う願望だと思う。

この映画は誰でも梨花になり得ることを表現しているのだ。エンディングで梨花の姿を消したのは、そういう意図があるのだろう。

トラックバック URL
http://torachangorogoro.blog.fc2.com/tb.php/203-330e91fb




同じカテゴリー(2014年映画)の記事
海月姫
海月姫(2014-12-30 23:50)

バンクーバーの朝日
バンクーバーの朝日(2014-12-22 21:17)

ゴーン・ガール
ゴーン・ガール(2014-12-12 23:26)

チェイス!
チェイス!(2014-12-09 21:21)

上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。

写真一覧をみる

削除
紙の月
    コメント(0)