八日目の蝉

角田光代原作の同名小説を、井上真央と永作博美の共演で映画化した作品だ。ちまたの評判がいいので、サンストリート浜北まで行って見た。不倫相手の赤ちゃんと誘拐した母と、16年後に母と同じように妻子ある男と不倫して妊娠した娘の人生をうまく交差させた物語になっている。ごく普通の家庭で育つことができなかっただけで、こんな悲しい経験をするのを涙をボロボロ流しながら見た。永作博美がうまいのは当然なんだけど、井上真央の体当たりの演技が光っている。

生まれて4歳までしか母に愛されていない娘は、元の家庭に戻っても馴染めない。子供時代に家庭のぬくもりを知らないで育った大学生の娘は、同年代の男性に全く関心がなく妻子ある男性を恋人に持つ。経験がないことを大人になって実践するのは、なかなか難しいことだろう。エンジェルハウスという駆け込み寺の浮世離れした空間と、小豆島の伝統や自然が登場人物たちの生き方を浮き上がらせている。

特に小豆島には伝統的な日本の風俗習慣が残っていて、流れ着いた母子を暖かく包んでくれた。でも、その中に近代的な要素が入り込むと、現実の厳しさが襲い掛かってくる。田植えが終わった棚田の上からたいまつを持って母子が山を降りてくる。薄暗い風景に灯り火が点々と続いている。自然はどんな境遇の人間も受け入れてくれる。てのべそうめんの工場も、昔ながらの製法を守って生産している。現代社会がいかにやんでいるのか、いやというほど見せ付けてくれた。

映画冒頭の裁判のシーンで、母野々宮希和子(永作博美)は被害者家族へのお詫びよりも感謝の言葉を言う。裁判官も被害者家族も、彼女の精神状態を理解できない。ましてや、4歳で保護された秋山恵里菜=薫(井上真央)にとっては、捕まった希和子だけがほんとうの母だと思いこんでいる。「三つ子の魂百までも」とは、まさに真実なのだろう。不倫相手に自分の子供を誘拐された産みの母は、見つかった子供を簡単に受け入れられない。そんな家庭で育った恵里菜(井上真央)は、家庭のあたたかさを知らない。

大学生になった恵里菜をフリーライターの安藤千草(小池栄子)が、取材をさせてくれと訪ねてくる。エンゼルハウスでの幼馴染だとわかって、恵里菜と千草は子供のころに過ごした場所を探す旅に出る。その旅の途中に、過去の母との回想シーンが挿入されていく。エンゼルハウス跡地から母子が逃げた小豆島に二人は、フェリーで渡る。その小豆島で過ごした時間がもっとも幸せなときだった。エンディングにもっていく演出が、心憎いばかりに観客の涙を誘う。永作博美、井上真央、小池栄子ともにすばらしい。必見の映画がまた増えた。



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